規制の強化、グローバル化、IT化など、企業を取り巻く環境の変化に伴い企業の法務部門のニーズが増大しています。
そのため、大企業を中心に多くの企業が法務部門の強化に努めてきましたが、いまだ戦略法務は不十分であると言われています。
とはいえ、すでに生じた法的紛争に対処するための臨床法務や法的紛争が生じることを防止するための予防法務と異なり、戦略法務はその具体的内容や必要性、どのような効果があるのかといったことがなかなかイメージしにくいのではないかと思われます。
そこで今回は、戦略法務とは何かということやその具体的な内容等について解説したいと思います。
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目次
1.戦略法務とは?
戦略法務とは何か、その定義については明確に定められているわけではありません。
一般的には、法務部門が企業の経営上の意思決定に参加し、法的ノウハウを活用して企業の利益を最大限に確保することと理解しておけばいいでしょう。
2.戦略法務の必要性
たとえば、ある企業が新規事業の参入を検討している場合、その分野に関する法的規制を調査して法的リスクを分析し、参入の可否の決定や参入する場合の最適なスキームの構築を行う必要があります。
また、ある企業が別の有望な企業に注目し、傘下に収めることを検討している場合(いわゆるM&A取引)、M&A取引の手法には様々な種類があり、それぞれ手続が異なるだけでなく各種の税金面でも違いが生じるため、最適な手法を選択する必要があります。
このような問題について企業にとって最善の結果を得るには、経営陣のみが意思決定を行い事後的に法務部門が関与するのではなく、法務部門が意思決定の段階で参加することが必要になります。
そのため、戦略法務の重要性が強調されるようになったのです。
3.具体的にどのような場面でいきるか
(1)M&A
戦略法務の代表例がM&Aで、具体的には次のような役割を果たしています。
①取引の手法についての検討
M&Aの手法としては、株式譲渡、事業譲渡、会社分割、第三者割当てによる株式の発行などが考えられます。
そこで、事案ごとに各種の手法が法的に可能か、税金などコストがどの程度かかるかを検討する必要があります。
②各種契約書の作成
M&A取引では、秘密保持契約書、基本合意書や最終的な契約書(株式譲渡契約書など)といった様々な契約書が必要となるため、その作成や修正などを行います。
③デューデリジェンスの実施
買主側は、買収対象会社の事業内容の実態、財務状況その他の法的問題点を調査します。
これをデューデリジェンスといいます。
デューデリジェンスにより問題があることが判明した場合には、取引方法の変更、譲渡価格の変更等で対応できる場合にはその対応を、対応できない場合には取引中止とすることなどを検討することになります。
④その他
M&Aのスケジュール管理、取引全般についての助言などを行います。
このように、M&A取引では各段階において幅広く法的ノウハウが必要になり、それに対応できるだけの体制を整える必要があるといえます。
(2)知的財産権の活用
新製品を開発した場合など、企業活動において知的財産権について検討する機会は少なくありません。
そして、知的財産権については他社の知的財産権を侵害しないという予防法務が必要になるだけでなく、これを積極的に活用して利益を追求することも考えられます。
たとえば、企業が新しい発明を行った場合、特許権を取得することが考えられますが特許出願した場合、1年6ヶ月で公開されてしまいます。
そこで、場合によっては、あえて特許出願をせずに自社独自の技術、ノウハウとして秘密を保持するという選択肢もあります。
また、発明をした企業による実施が人員や予算の関係で困難な場合などには、他社に特許権を譲渡するかライセンス契約を結ぶという選択肢もあります。
したがって、ある発明をした場合には営業秘密として一定期間保持するのか、それとも特許権を取得するのか、特許権を取得するとしても自社で維持管理するのか、別の企業に譲渡あるいはライセンス契約を締結するかを決定しなければならず、どの選択肢が企業にとって最大の利益をもたらすかを判断するには、幅広い法的知識が必要になるのです。
(3)海外展開
昨今の経済情勢の下、海外との貿易あるいは海外進出といった海外展開を検討している企業は増加傾向にあります。
ひとくちに海外展開と言っても、海外企業との契約により貿易を行う場合もあれば、海外企業との販売代理店契約を結ぶ場合(間接進出)、海外に子会社や海外企業との合弁会社を設立する場合(直接進出)など、様々な形態が考えられます。
いずれの場合も現地の法令などの調査や法的課題をクリアした契約書の作成などが必要になることは共通していますが、直接進出する場合には、労務問題、外資規制などより多くの課題に直面することになり、紛争のリスクも高くなります。
そこで、現地法令の調査の結果やコストの試算、紛争のリスクなど様々な要素を考慮して展開する国や展開の方法、あるいは展開の中止などを決定する必要があり、そのためには高度な法的知識が求められるのです。
(4)その他
それ以外にも、事業承継、企業再編、株主総会対策、人事労務管理など、戦略法務を必要とする分野は多岐にわたります。
たとえば、企業のオーナー経営者が事業承継をするには、後継者に自身の保有する自社株式を取得させることが必要になります。
ところが、単純に後継者に生前贈与や相続により自社株式を取得させると、自社株式の価値や自社株式以外の財産の価値次第で相続人の遺留分を侵害するおそれがあります。
そこで、このような場合、相続対策として信託を利用するという方法が考えられます。
また、後継者は定めても一定期間(または自分が生きている間)は経営権を維持したいと考えるオーナー経営者もいるでしょう。
そのような場合、普通株式以外に種類株式(株主総会の議決権の全部または一部が制限される議決権制限株式、株主総会・取締役会で決議すべき事項について、その決議のほか種類株主総会の決議を必要とする拒否権付株式、種類株主総会において取締役・監査役を選任する権利を有する取締役・監査役選任権付種類株式など)を組み合わせることで、オーナー経営者が経営権を維持することや後継者の独断専行を防止することができます。
このように、事業の円滑な承継や円滑な承継と経営権の維持を両立させたいというオーナー経営者の希望を実現するには、高度な専門知識を駆使して最適なスキームを構築することが求められるのです。
4.費用対効果は?
企業内の法務部門を強化するにせよ、外部の弁護士に依頼をするにせよ、効果的な戦略法務を行うには費用が必要になります。
弁護士に依頼する場合、臨床法務であれば紛争の目的の価額の一定割合を基礎に費用が算定されることが多いため、基準が明快であり、また、訴訟などによりはっきりとした形で結果が出るため、比較的容易に費用対効果を検討することが可能です。
これに対し、戦略法務の場合、費用の基準が臨床法務ほど明確ではなく、また効果が確認しづらいという傾向があることは否定できません。
しかしながら、充実した戦略法務を実現することでコストダウンや利益の増大を図ることが期待できます。
したがって、「3.」で紹介したものを代表とする高度な法的知識を要する取引等を検討している場合には、積極的に戦略法務を活用すべきといえます。
まとめ
今回は、戦略法務について解説しました。
本文でも指摘した通り、戦略法務は高度な専門知識を必要とするため、弁護士によって知識、経験に差があることは否めません。
戦略法務に関心をお持ちの企業は、企業法務に精通する弁護士に相談するといいでしょう。