弁護士会照会は、「弁護士法第23条の2」で定められています。
弁護士が受任した事件に関して資料の収集、真実の調査や職務活動を快調に進めるために作られた制度です。
根拠規定の条文から「23条照会」とも呼ばれています。
弁護士会照会は、個人情報保護の観点から公的機関等の保有する情報へのアクセスが困難となった昨今、簡易迅速な資料収集、事実調査の手段として大きな意義を有してます。
今回は、弁護士会照会について制度の概要、手続の流れ、照会可能な事項など基本的な事柄についてご説明いたします。
※この記事は2017年4月18日に加筆・修正しました。
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1.弁護士会照会って何?
(1)法の規定
弁護士法第23条の2は、次のように規定しています。
第1項
弁護士は、受任した事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることが可能です。
申出があった場合において、当該弁護士会は、その申し出が適当でないと認めるときは、これを拒絶することができます。
第2項
弁護士会は、前項の申出に基づき、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができます。
つまり、弁護士の申し出により、弁護士会が公務所又は公私の団体に照会を行うことを認めているのであり、それゆえに弁護士会照会と呼ばれている。
(2)制度趣旨
弁護士が基本的人権の擁護と社会正義の実現を使命とする(弁護士法第1条)ことに鑑み、弁護士が、受任した事件を処理するために必要な事実の調査、証拠の発見・収集を容易にし、当該事件の適正な解決に資することを目的に設けられたものとされます(大阪地裁判決平成18年2月22日など)。
単に依頼者の利益の実現のみを目的とするものではなく、事実の調査、証拠の収集により、依頼者の正当な権利を確保し、利益を実現することで基本的人権の擁護、社会正義の実現といった公共的利益の実現をも目指すものと言えます。
そして、個々の弁護士ではなく、所属弁護士会に照会権限を与えたのは、弁護士会の審査を経ることで制度の適正な運用を図ったものです。
(3)他の証拠収集方法との違い
弁護士会照会以外の証拠収集方法として、裁判所を通じた文書送付嘱託、調査嘱託といった制度もあります。
これらの制度は、訴訟が提起された後、当事者の申し出を受けて裁判所が行うものです。
しかしながら現実の紛争には、相手方が特定できないためにそもそも訴訟を提起することができない場合や、資料の収集が困難で訴訟を提起しても勝訴の見込みがあるか否かを判断できない場合などがあり、裁判所を通じた証拠収集方法では不十分な局面があることは否定できません。
これに対し弁護士会照会は、弁護士会が行うものであり、訴訟係属の有無に影響されないため、訴訟提起前にも行うことができます。
弁護士会照会を利用することで、相手方を特定して、訴訟提起することなく任意の交渉で紛争が解決することもありうるし、交渉で解決しない場合にも訴訟の提起が可能です。
また、訴訟提起前に資料を収集することで、勝訴の見込みがあるか否かを早期に判断することが可能です。
このように、他の証拠収集方法が存在するとはいえ、弁護士会照会の持つ意義は大きいと言えます。
2.弁護士会照会が事件解決に貢献する場合の具体例
(1)従業員の給与、退職金額と支払い時期を弁護士会照会した事例
Aさんは、夫であるBさんから突然、離婚を切り出されました。
Bさんは退職間近であるが、退職金の額や支給時期等を明らかにしません。
Aさんとしては、専業主婦として夫を支えてきたので、せめて退職金について財産分与を認めてほしいところです。
退職が間近に迫っていれば、離婚の際、退職金も財産分与の対象となり、弁護士会照会により、夫の勤務先に退職金の額、支払時期を照会することが可能です(ただし、勤務先に離婚問題について知られてしまうため、不当にプライバシーを侵害することのないよう注意が必要である)。
(2)物件事故報告書の写しを弁護士会照会した事例
Cさんは、自動車を運転し、信号機の設置されていない交差点に徐行しながら進入したところ、交差する道路から進行してきたDさんの運転する車両と衝突しました。
幸い、CさんもDさんも大きなけがはなかったので、警察も物損事故と扱うことになり、帰って行きました。
ところが、後日、AさんがBさんに修理代等の支払いを求めたところ、過失割合が争いとなりました。
負傷者のいない事故を物件事故と言います。
物件事故は刑事事件とならない(器物損壊罪は子違反のみが処罰され、過失で物を壊しても処罰されない)ため、警察は実況見分などをせず、事故概要等を記録するにとどめ、当事者の話し合いに委ねられます。
物件事故の際に警察が作成するのが「物件事故報告書」で、通常は事故の当事者に対しても開示されないが、弁護士会照会によりその写しの交付を求めることができます。
(3)海外在留邦人の所在調査で弁護士会照会を活用した事例
Eさんの父Fさんが亡くなりました。
Eさんには、Gさんという兄弟がいたが、GさんはEさんやFさんと折り合いが悪く、Gさんが海外に移住してからはほとんど交流がなくなりました。
Eさんは、GさんにFさんが亡くなったことを伝え、相続について相談するため、Gさんから聞いていたGさんの移住先に手紙を出したが、すでにそこにGさんは住んでおらず、手紙が戻ってきました。
日本人が海外に移住した場合、住民票の除票等には渡航先の国名だけが記載されます。
そのため、渡航先で転居すると、所在の調査が困難になります。
このような場合、弁護士会照会により、外務省に海外在留邦人の所在調査を求めることができます。
3.弁護士会照会の手続の流れ
(1)弁護士からの申出
弁護士が、所属する弁護士会に照会申出をします。
弁護士会によって、所定の書式、ひな形があります。
照会申出書には、受任した事件の当事者、照会先、照会を求める事項などのほか、照会を求める理由を記載することになっています。
(2)照会に要する費用
弁護士会照会に要する費用は、各弁護士会によって異なるが、1件あたり概ね数千円です。
ここでいう費用は、弁護士が、弁護士会に申し出る際に納める費用です。
弁護士は、受任した事件の処理に必要な場合に弁護士会照会の申出をするのであり、弁護士会照会を行うことのみの依頼を受けることはできません。
したがって、基礎となる受任事件の弁護士費用は別途必要になります。
(3)弁護士会による審査
申し出を受けた弁護士会は、形式・内容の両面で審査をします。
内容に関しては、弁護士会照会の必要性(他の手段がないか等)、相当性(報告によって得られる利益が、報告によって害される利益を上回ると言えるか等)をみたすかが検討されます。
(4)照会先への送付
弁護士会による審査で必要性、相当性を認められた場合、弁護士会が会長名で照会先へ送付します。
照会先からの回答も弁護士会宛てに送付され、弁護士会から当該弁護士に交付されます。
4.弁護士会照会に対して報告する義務はあるか?
(1)弁護士会照会には報告義務がある
弁護士法の規定は、「報告を求めることができる」と定めたにとどまり、照会先に報告する義務があるか否かは明らかでなく、報告しないことによる罰則等の規定もありません。
しかしながら、今日では、裁判例の集積により弁護士会照会に対しては報告義務があると解されています(「法律上、報告する公的な義務を負う」と明言した高裁判決も存在する)。
また、弁護士会照会は、個人情報保護法第16条3項1号及び第23条1項1号の「法令に基づく場合」に該当することから、照会先がその保有する第三者の情報を、本人の同意を得ずに報告しても、同法違反の問題は生じません。
(2)報告義務の例外
もっとも、いかなる場合にも報告が義務付けられるわけではありません。
公共的利益の実現よりも優先すべき他の法益が存在する場合には、正当な理由があるとして、報告を拒絶することが認められます。
正当な理由があるか否かは、個別の事案ごとに、報告によって得られる公共的利益と、報告により害される他の法益(個人の名誉・プライバシー、公務員の秘密保持義務、捜査の密行性など)を比較考量して判断することになります。
不当に報告を拒絶した場合には、損害賠償責任を負う可能性があり、実際に賠償を認めた裁判例も存在します。
5.その他の主な照会可能な事項
以下で、その他の主な照会可能な事項をご紹介していきます。
(1)金融機関
①銀行口座名義人の登録氏名・住所
口座名義人の同意が必要との理由で拒絶されるが、いわゆるヤミ金融被害救済等の場合には回答される場合が多です。
②預貯金の内容
他人の預貯金は関する事項についてはその者の同意が必要ですが、遺産調査のための場合、被相続人名義の預貯金の有無、死亡日時点の残高、一定期間の取引の履歴の回答を得ることができます。
(2)生命保険契約の有無、内容
同様に、被相続人名義の生命保険契約の有無、その内容について照会することができます。
社団法人生命保険協会に照会すれば、協会加入の各生命保険会社との間に保険契約がないか回答を得ることができるので、各保険会社に個別に照会することを要しません。
(3)自動車の登録事項等証明書記載事項
基本的に、自動車の所有者を調べるためには、登録事項等証明書を取得します。
その請求には、原則として自動車登録番号(いわゆるナンバープレートに記載されているもの)のほかに車台番号下7桁の記載が必要とされていることから、第三者は容易に請求できません。
しかしながら、弁護士会照会は自動車登録番号のみの記載で回答を得ることができます。
(4)通信関係
①固定電話の加入者の氏名、取付場所
固定電話の電話番号から、加入者の氏名、取付場所の照会が可能です。
これらの情報に加えて、料金引き落とし口座や料金の決済に使用しているクレジットカードの情報について照会する場合(振り込め詐欺や投資被害の救済目的の場合など)には、なぜそれらの情報が必要かをご説明する必要があります。
②携帯電話の加入名義人等
ただし、電話会社によっては、回答を拒否されるこが多いです。
③携帯電話のメールアドレスからの電話番号照会
メールアドレスから電話番号を照会し、②の電話番号から加入名義人を照会する、と言う流れでメールアドレスしかわからない相手方を特定できる場合もあります。
ただし、メールアドレスのデータ保存期間が概ね3ヶ月ほどに限定されている点に注意が必要です。
まとめ
このように、弁護士会照会を利用すれば、個人では知ることのできない情報を知り、取得できない証拠の収集が可能です。
弁護士に事件を委任することが前提であり、弁護士費用がかかることが難点ですが、何らかのトラブルが発生し、個人の調査・証拠収集に限界を感じたときは、弁護士に相談してみると良いでしょう。