交通事故が発生した場合、被害者と加害者が加入している任意保険会社との間で示談交渉が行われるのが一般的です。
保険会社も会社である以上は営利を目的とすることに変わりはありませんので、被害者に対する支払いをできる限り少なくしようとするのは当然のことといえます。
ですから保険会社は、被害者の言い分を容易には聞き入れてくれません。
それならば、保険会社を相手にせず、加害者に直接損害賠償を請求すればいいのではないかと思われるかもしれません。
しかし、保険会社を通さず、直接、加害者に請求することはできるのでしょうか。
今回は、保険会社がなぜ示談代行をすることができるか、加害者に直接請求することはできるかといったことについて解説したいと思います。
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目次
1.保険会社はなぜ示談代行ができるのか?
(1)弁護士法との関係
現在、保険会社により広く行われている示談代行ですが、かつては弁護士法との関係が問題とされました。
弁護士法72条は、弁護士でない者が、報酬を得る目的で訴訟などの法律事件に関して代理などの法律事務を取り扱うことや、これらの周旋をすることを業とすることを禁止しています。
つまり、
- 報酬を得る目的で
- 業として(事業として行うこと)
- 他人の
- 法律事務
を取り扱うことは、弁護士だけが可能ということです。
保険会社による示談代行が「2.」保険会社の事業として行われること「4.」法律事務に該当することまず異論がありません。
「1.」報酬を得る目的については、示談代行そのものは保険会社の費用で行い、契約者には一切請求しないとしても、そのサービスを付加することにより顧客を獲得して保険契約を締結し、保険料を得るわけですから報酬を得る目的があると考えることも可能です。
また、「3.」「他人の」という要件についても保険会社は、被保険者が支払うべき損害賠償を補てんする関係にあるにすぎず、被保険者と被害者との法律問題を保険会社と被害者との法律関係と同視することはできない(保険会社の事務とは言えない)とも考えられます。
このようにみると、保険会社による示談代行は弁護士法72条に違反する(非弁行為といいます)のではないかと日本弁護士連合会(日弁連)が指摘したのです。
(2)示談代行が認められた経緯
そこで、この問題について日弁連と保険会社が加入する損害保険協会との間で協議が重ねられ、次のような内容の覚書が作成されました。
- 示談代行は保険会社の正規社員が行う
- 被害者の保険会社に対する直接請求権を認める(これによって、「他人の」事務ではなく、保険会社の事務であることが強調されました。また、それに加えて、知識のない被害者が一方的に不利益を被ることのないよう、被害者の保護のために次の措置を講じることとされました。)
- 保険金の支払いについて統一基準を作成する
- 中立かつ独立の交通事故裁定委員会を設立する
- 1事故あたりの保険金の制限を撤廃する
これによって、保険会社による示談代行の合法性が確認されたのです。
2.加害者に直接請求できる?
被害者の保険会社に対する直接請求権を認めたことなどを理由に保険会社の示談代行が認められるようになった経緯に照らせば、被害者が保険会社に直接請求した場合は別として、被害者が加害者に対して請求することもできると考えるのが自然といえます。
現に保険会社は通常、保険約款で「損害賠償請求権者が、当会社と直接、折衝することに同意しない場合」示談代行をすることができないなどと定めています。
したがって被害者は保険会社を相手にせず、直接加害者に対して慰謝料その他の損害の賠償を請求することができるといえます。
もっとも、ここでいう「請求することができる」という意味は法律上は請求することができる、いいかえれば請求することが禁止されていない、請求しても違法ではなく、加害者が支払いに応じれば受け取ってもよいということにとどまります。
任意保険に加入する場合、万が一、事故を起こしてしまったときは保険会社に示談代行をしてもらいたいと考える人がほとんどでしょう。
ですから通常は、被害者が加害者に直接請求をしても加害者がそれに応じることはなく「保険会社にすべて任せているので、保険会社と話をしてほしい」と言われるだけでしょう。
したがって「被害者が保険会社を介さずに加害者に直接請求できるか」という問いに対する答えは、請求をすること自体は可能だが実際に加害者が支払いに応じることは通常はありえないので実益はないということになるでしょう。
3.加害者に直接請求するとどうなる?
(1)弁護士が介入する可能性がある
加害者が応じることは期待できないとしても、だめでもともとで請求するだけしてみればいいのではないかと思われる方もいらっしゃるかもしれません。
一度、加害者に直接請求した程度なら加害者に拒否されるだけで大事には至らないと思われますが、加害者が拒否しているにも関わらず、何度も加害者に直接請求することは得策ではありません。
保険会社は事故が発生した場合に示談代行することを売りにし、契約者もそれを期待して保険契約を締結しています。
ですから、保険会社としては契約者に対し「被害者が保険会社との示談折衝に応じてくれないので、ご自身で対応してください」などとはいえません。
そのため、被害者が保険会社と示談折衝することに同意せず、加害者に直接請求したような場合、保険会社は自社の顧問弁護士に依頼し、その弁護士に加害者の代理人に就任してもらうよう要請します。
保険会社の顧問弁護士は、交通事故を多数取り扱っていますから、知識のない被害者では到底太刀打ちできないでしょう。
また、保険会社も弁護士に依頼までする以上、安易には妥協してくれないはずで保険会社との示談交渉では引き出せたはずの譲歩を引き出せなくなるおそれもあります。
(2)裁判所の手続をとられるおそれがある
それでは、加害者に代理人の弁護士がついた後も被害者が加害者に直接請求するとどうなるでしょうか。
弁護士は、他人の法律事務を取り扱うことが法律(弁護士法)によって認められています。
ですから、弁護士が代理人に就任した後は弁護士と交渉すべきであって、正当な理由がなく相手方本人に直接交渉することはできません。
もし、弁護士が代理人に就任した後も、執拗に加害者本人に接触したとすると弁護士が裁判所に対し、面談強要禁止の仮処分、架電(電話をかけること)禁止の仮処分などを申し立てる可能性があります。
裁判所が面談禁止、架電禁止の仮処分決定をした場合、被害者がそれに違反すると一定の制裁金を課すことができます(違反した場合に制裁金を支払わせることで決定の内容を守らせようとするもので、間接強制と言います)。
また、仮処分の決定が出た後にしつこく面談などを要求すると義務のないことを行わせようとする強要罪に該当し、刑事処分の対象となることもありえます。
さらに、もともとの争いの種である交通事故についても、加害者の代理人から一定以上の債務を負わないことの確認を求める調停や訴訟を起こされる可能性があります。
調停や訴訟を起こされると解決までに相当の時間がかかることになりますし、裁判所に提出する書類の作成や裁判所への出頭は、知識のない被害者には大きな負担となります。
このように、被害者が加害者に直接請求することは功を奏さないだけでなく、大きなリスクがあるのです。
まとめ
示談代行と加害者に対する直接請求について解説しましたが、参考になりましたでしょうか。
交通事故の損害賠償についてお悩みの方は早めに交通事故に詳しい弁護士に相談し、その後の対応について助言をもらうようにしてください。